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​経済的徴兵制について:文部科学省への抗議と質問

 

 

 BABLはこれまで、「ブラック」をキーワードとして、四つの軸となる問題群――①ブラックバイト②ブラックな「就活」及び大学の問題、③ブラック企業の問題、④ブラックリスト化の問題→「奨学金」をはじめとする借金の問題に対し、多角的な視点から学習会・広報活動・抗議行動などを展開してきました。

 

  平成26年5月に文部科学省で行われた「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」において、就職や奨学金に絡めていわゆる「経済的徴兵制」を導入する旨の発言に問題意識と危機感を持った私たちは、以下の質問状を作成しました。文部科学省の職員の方に直接お話を伺い、奨学金や経済的徴兵制についての現状を正しく把握した上で、奨学金をめぐる諸問題の改善を求めたいと考えました。

平成27年11月23日

文部科学大臣 

下村博文殿 

 

 

                                             経済的徴兵制導入を促す発言に対する抗議と質問

 

 平成26年5月26日に開かれた文部科学省の「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」において、日本学生支援機構の運営評議会委員であり経済同友会・前副代表幹事の前原金一氏が以下のように述べました。

 

「今,労働市場から見ると絶好のチャンスですが,放っておいてもなかなかいい就職はできないと思うのです。前も提言したのですが,現業を持っている警察庁とか,消防庁とか,防衛省などに頼んで,1年とか2年のインターンシップをやってもらえば,就職というのはかなりよくなる。防衛省は,考えてもいいと言っています。前の学生・留学生課長の松尾課長にも申し上げました。文科省だけで解決しようとしないで,国を挙げて,厚生労働次官にも申し上げたのですが,百数十万人いる無職の者をいかに就職させるかというのは日本の将来に非常に大きな影響を与えるので,それをやってほしいとお願いしているのですよ。もちろん負担が重くなった人を救うことは大事だけれども,もっと大事なことは,きちんと就職できるようにしてあげることだと私は思います。ですから,是非,文科省からそういう働き掛けをしていただき,こういう情報をきちんとつかんだ上で,地方自治に関わる総務省にも,そういう動きをしていただくと有り難いのですが。」 

 

 就職先がなく奨学金の返済が難しい既卒者を「就職できるようにしてあげる」ためのインターンシップ先に防衛省を挙げ、防衛省に対して自身の案を述べて判断を仰ぐなどの単なるアイデアの発露にとどまらない、実現のための具体的な交渉をしていることがわかりました。 

 これは、学生を支援する立場である日本学生支援機構の人間でありながら、重い負債に苦しむ学生を支援するどころか、奨学金を返済できない人間を自衛隊に入隊させ返済させる、いわば「経済的な徴兵制」ではないでしょうか。年々、奨学金を受給する学生が増えており、今や学生の3人に1人が日本学生支援機構の奨学金を受給している状況があり、奨学金の返済で苦しむ学生および既卒者は近年増加しております。大学卒業時に背負う奨学金と言う名の負債の総額は平均295万5千円、大学院卒で674万2千円と多額であり、諸外国と比べても常識を逸した額であると言えます。その原因としては労働者の4割近くが非正規雇用であり、「大学を出ても働き口がない、奨学金を返せるだけの収入を得られない」といった不安定な雇用情勢、労働環境にあります。そのような状況を生み出したのは、労働者を安く使い捨てる雇い方、非正規雇用、派遣労働といった不安定、低収入の働き方を拡大させてきた政策です。働く意思と能力のある者が 安定した雇用のもとで働ける社会を壊したのは若者の責任ではありません。若者に「正規雇用に就職できる能力」を求め「就職できるようにしてあげる」のではなく、まじめに働けば安定した収入を得ることのでき、奨学金を返済できるだけの収入を得ることのできる社会を作っていくことこそが大事なはずです。学生に責任を転嫁し、就職できるようにするために自衛隊に入隊させるという短絡的な氏の発言は問題です。

 今年九月には平和安全法制が国会を通過し、自衛隊が海外で戦闘する可能性が現実のものとなっているなかで、このような提言は国策としての戦争に経済的な負債を負う若者を動員する体制を文科省が積極的に作っていく、これ以外のものではありません。

 

 そもそも、世界水準で学費や奨学金を見ると、経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国中17カ国が大学の授業料を無償化しており、32カ国が給付制奨学金を導入しています。一方、日本国の教育に対する公的支出は国際的な水準を遥かに下回っており、34カ国中最低となっています。平均水準に押し上げるには奨学金を給付制にすることが鍵といわれており、そのためには高騰し続ける学費を見直し、給付制の奨学金を拡大する必要があります。

 このような先進国にあるまじき日本の現実を直視することこそ「学生への経済的支援の在り方」を議論するために必要なはずです。 しかし、今回の前原金一氏の発言は、そうした現状を無視したものでありました。 

 

 このような不見識な発言を学生支援機構の人間という公的な人間が発言し、文科省の検討会で検討されていることに対して厳重に抗議するとともに、以下の通り質問致します。 

①日本学生支援機構の運営評議会委員である前原金一氏が奨学金返済延滞者への経済的徴兵制の導入を予見させる発言をしたが、こうした発言は日本学生支援機構の公式な意見なのか、それとも個人的な意見なのか。

 

②もしも日本学生支援機構の公式な意見であるならば、「学生に対する支援」という理念と相反するものではないのか。

 

③もしも個人的な発言であったならば、なぜ理念に反する発言をする者が日本学生支援機構の運営評議会委員であり文部科学省の「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」に出席したのか。また、文科省はこの者にどのような対処をしたのか。

 

④諸外国と比べると日本ほど大学の学費を家庭で負担している国はない。今後、公的な給付型の奨学金の導入または学費の無償化へ向けた取り組みは行われるのか。

 

⑤文科省としても奨学金返済延滞者への「経済的徴兵制」の導入を考えているのか。

私たちは、以上の質問状を文部科学省に持ち込み、担当者と面会し直接申し入れを行いました。

後日、文科省の公式な見解を、回答文としてメールで送っていただきました。

以下、文科省からのメールの全文です。

文部科学省からの回答(全文)

 

文部科学省高等教育局学生・留学生課です。標記文書にて頂いた御質問について、以下のとおり回答いたします。

 

 

①日本学生支援機構の運営評議会委員である前原金一氏が奨学金返済延滞者への経済的徴兵制の導入を予見させる発言をしたが、こうした発言は日本学生支援機構の公式な意見なのか、それとも個人的な意見なのか。

 

(答)学生への経済的支援の在り方に関する検討会(以下、「検討会」という。)は、学生への経済的支援の在り方について総合的な検討を行うとの趣旨の下開催されました。検討会はその趣旨を果たすため、教育界、経済界等の各界有識者から構成されており、前原金一氏は当時公益社団法人経済同友会副代表幹事・専務理事の職にある者として、経済界の有識者との観点から構成員を委嘱したものです。このため、検討会における同氏の発言は、 一有識者としての立場からの発言であったと認識しています。

 

②もしも日本学生支援機構の公式な意見であるならば、「学生に対する支援」という理念と相反するものではないのか。

 

(答)前述のとおりであり、検討会における前原金一氏の発言は独立行政法人日本学生支援機構(以下、「機構」という。)の見解等とは関係しません。

 

③もしも個人的な発言であったならば、なぜ理念に反する発言をする者が日本学生支援機構の運営評議会委員であり文部科学省の「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」に出席したのか。また、文科省はこの者にどのような対処をしたのか。

 

(答)前段について、前原金一氏が機構の運営評議会の委員を務められた理由は前述の検討会構成員の委嘱理由と同様ですが、そもそも機構の運営評議会とは、機構の理事長の求めに応じて、機構の中期計画に係る企画立案その他の機構の運営又は業務の実施に関する重要事項について審議を行い、機構の理事長に助言するため置かれているものです。このため、運営評議会としての意見ましてや一委員の発言が、すなわち機構の見解ではありません。また、検討会については前述のとおりです。後段については、前原金一氏の発言に対し文部科学省として特別の対応を行った事実はありません。

 

 

④諸外国と比べると日本ほど大学の学費を家庭で負担している国はない。今後、公的な給付型の奨学金の導入または学費の無償化へ向けた取組は行われるのか。

 

(答)希望すれば誰もが大学等に進学できる環境を整えるため、これまでに引き続き学生等の経済的負担の軽減に取り組んでいくことが重要であると承知しています。このため、大学の授業料について、国立・私立大学において家計の状況等に応じた授業料減免を促すため、それぞれ予算上の支援を年々充実しています。また、奨学金貸与事業においては、「有利子から無利子へ」の流れを加速するため、無利子奨学金の拡充を進めています。加えて、奨学金の返還月額が卒業後の所得に連動する「所得連 動返還型奨学金制度」を平成29年度進学者から適用することを目指し、制度設計及びシステム開発を行っているところです。基本的にはこうした制度を着実に運用していくことで、家庭の事情によらず、子供たちの進学機会が確保されるように努めます。その上で、給付型奨学金については、財源の確保や対象者の選定など導入するにはさらに検討が必要と考えています。

 

 

⑤文科省としても奨学金返済延滞者への「経済的徴兵制」の導入を考えているのか。

 

(答)文部科学省としては、いわゆる「経済的徴兵制」の導入についてこれまで検討を行ったことはなく、また今後も行う予定はありません。

以上のメールの内容と、文科省の奨学金担当者の方から直接伺ったお話をまとめると、以下の6つのことが言えると思います。

①文科省は経済的徴兵制を考えていないし、今後もありえない。前原氏の発言は経済界の識者としてのもので、文科省・日本学生支援機構とは見解を異にする。

②奨学金の個人情報がマイナンバー制度で漏れる可能性は限りなく低い。奨学金に関する情報は紐付けられておらず、インターネットとは切り離された環境で管理しているため、ハッキングはされない。

③無利子奨学金の拡大を進めている。方向としては、学費負担の軽減を助けることを考えて進めている。

④給付型奨学金は、財源と対象者の絞り方の問題があり、今すぐ導入は難しい。将来的にやるとすれば、大学に行かない方々からも頂いている税金から出すものなので、国民の合意形成が必要になる。

⑤国公立の学費は上げない。学費値上げ可能性の報道は、極端な仮定に基づいた試算。私立には学費減免の方向でお願いしているが、経営の自由が先立つので強く言える立場に無い。

⑥貸与型奨学金の返済方法に弾力を付ける制度を検討中。現在も年収300万未満は返還猶予をしているが、これに加えて毎月の支払い額を収入に応じたものにすることで、負担感を減らすようにする。

 

 文部科学省では、私たちが懸念していた経済的徴兵制や国公立大学の学費値上げの検討は現在行っていないとのことでした。しかし、平成28年11年以降、南スーダンへの駆けつけ警護を始めとする自衛隊の海外派兵の拡大にともない、今後若者をターゲットにした自衛隊へのリクルートが盛んになることも考えられます。奨学金という借金を返済するために、非正規雇用の不安定な職より、自衛隊という職を選択する若者が増えていくのではないかという懸念も依然としてあります。

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